イクライフログ

旅好きクリエーターいくらによる旅・バイク・仕事雑記 since 2005
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師走とタスク
12月も半分が過ぎてしまいまいました。今年もあと残すこと2週間ばかし。
やり残してるタスクはなるべく完了させたい感じ。
何かと忙しい12月。
健康診断があったり、忘年会があったり、クリスマス、年末調整、ボーナス、年末年始関連の準備や手配。ごぶさたしている友人にも声かけて週末に会ったり、2月の沖縄旅行の計画をしたり、年始の旅の手配計画をしたり。
年賀状作りも。今回はカジュアルなのとフォーマルなのと二種類のデザインで作りました。仕事でお世話になっている印刷業者さんにお願いして印刷。年賀はがきだと端まできっちり印刷できないということで、それができる私製タイプにしました。両面完全オリジナル。あて名書きと切手を貼らなくちゃ。

ホームページの更新もしたいし、アルバムも作りたいし、歯医者行きたいし、美容院も行きたいし、家のクローゼットやデスクの整理もしたいし、ワンワン滑らんフローリングも考えなきゃだし、スロープ買い直したいし、汚れた絨毯どうにかしたいし、頓挫した棚計画の続きも再検討したいし、バイクに乗りたいし、スカート欲しいし、ツリーのドロップ型オーナメント欲しいし〜

タスクは尽きることなく。
 

| いくら | なにげない日常 | comments(2) | - | 12:51
スノボの記憶
普段お仕事をいただいているM社さんは大きい会社だけあって、多種多様なクラブがありよくメールが廻ってくる。その中の一つ「スノウ倶楽部」はシーズン中に雪山に赴いてスキーまたはスノボをやりまくるという倶楽部で部員は総勢100名はいるんだとか。普段お仕事をやり取りしている担当者さんがその部員であることから「よかったら参加しませんか?」とお声がけいただきました。「クライアントさんと親睦を深めるべく」・・・というのは本音半分建前半分で、久しぶりに雪山いくのも楽しそうだなーと純粋に思ったりもして先日キックオフイベント(飲み会)に参加してきました。

思えばもう長いことスノボーしてない。ウェアも板もブーツもあるけど一緒に行く人がいなくなっちゃったんだよね。
私はヘビーボーダーではないので、雪山までお膳立てしてくれる仲間がいないと、なかなか^^;
最後に雪山に行ったのは2009年。手帳を見返して過去の雪山の記録を確認してみた。
2009年4月 かぐら
2009年3月 ほたか
2008年3月 なえば
2005年〜2007年は股関節手術の影響でスノボもバイクも自粛期間
2004年1月 場所不明
2003年3月 場所不明/EVOCメンバーの雪山オフ(レンタルボード)

行くといってもシーズン中に1-2回というレベル。なのでぜんぜんまだビギナーなんですけど。
雪山好きさんのお話をきいていたら、またやりたいなって思いがむくむく。


 

| いくら | なにげない日常 | comments(0) | - | 12:06
早急に英語をマスターすべく
仕事の話。
私の所属するチームのメインクライアントである外資系M社で大きな組織改革があり、10年以上交流のあった担当者さん(日本人)が外れることになりました。
その代わりに私たちの担当となるのが、アイルランドの人と、アメリカの人に。。。
M社の認定ベンダーである私たちチームは、M社の内部的な仕事も請け負っていて、その担当者は言い換えれば上司のような存在でもある。うまくコミュニケーションを取らなくては仕事もいただけない。
外資系とあって日本リージョンでさえもさんざん英語が飛び交う中、今までは日本人担当者さんのサポートや進化したWEB翻訳サービスの助けもあって
「英語全然できませーん」
でもなんとか仕事をこなせてきました。
しかし今後はそうもいかなそうな状況です。

本気で英語やらねばー。。。

中・高・大と10年近く英語を勉強してきたのにぜんぜん身についていないのは、
「そもそも日本の英語教育に問題が〜うんぬん」
なんて言っても後の祭りで、社会人になってすぐのころに「駅前留学Nova」に通ったこともあったし、英会話教材「ドリッピー」なんてのもやったけど、やっぱりダメで。
でもそれは必要に迫られなかったからなんじゃマイカとかポジティブに(?)考えて、失敗体験もカテにしていかにすれば英語が上達するかを考えた。

最近とっても関心したのが、先のバリ旅で案内してくれたガイドさんだ。
彼はびっくりするほど日本語が上手で、一般的に難しいといわれる日本語をいったいどうやって覚えたのか不思議だった。
彼曰く、日本語学校には通ったけどそれだけじゃなくて、殆どはガイドの仕事をしながらとにかく日本人と接して話して実践で覚えた、とのこと。そのためべらべらに喋れるけれど、日本語を読むこと・書くことはほとんどできない

びっくりした。
読み書きができなくてもトレーニングでしゃべることができるのだということに。読み書きすることとしゃべることはまったく異なる技術なんだということだ。
私たちの英語学習は読み書きをベースとしてスタートしていた。英会話なんて週に1回あるかないかのおまけ程度の授業だった(今はどうだか知らないけれど)文法がどうのとか、慣用句がどうとか、机の上で勉強してもそりゃ頭にはいらんでしょ。「英語」という ”語学” をマスターしたいわけじゃないのだから。

しゃべって、体験しないと。
伝えたい相手に伝えたいと思うことを出発点にしないと。

さんざん勉強してもなかなか頭に入らなかった英語だけど、実際旅してコミュニケーションをとるために発言したフレーズはいつまでたっても忘れないというのを私は体験している。
それから英語を脳内で日本語に翻訳して理解するのじゃなくて、英語を英語のママ理解することが必要で、それには体験を通じて話すことが近道でそういうトレーニングをしなくては上達はないのだと思う。
とはいっても日本にいながらそんな環境に身を置けるわけもなく、ではせめて「英語で常にコミュニケーションを取る環境」に身を投じてみようと考え私が行動したのは
Facebookの日本語×英語exchangeグループに参加すること。
FBのグループとはmixiでいうところのコミニティと同等のもので、日本語×英語exchangeとは、日本語を覚えたい外国人と英語を覚えたい日本人がFacebookを通じて交流するためのコミュニティ。
FBとmixiが異なるのは、実名が基本ということ、全世界10億人が参加している国境のないSNSだという点。
さっそくグループ参加のご挨拶を投稿してみた(もちろんGoogle翻訳を活用・・・)
Hello, Konnichiha everyone
I'm Satomi from Tokyo Japan.
I want to make friends all over the world while learning English.
I love to travel, have traveled to 40 countries so far.
(But I can not speak English. now, the Google Translate teacher....)
Please tell us about your region to me
Yoroshiku! Imadesyo!


そうしたら即日に20人以上のイイネとコメントをもらってびっくり!
ヨーロッパ、北米、南米、アジア、世界中のユーザーさんだ。
もらったのはこんなコメント(コピペ)
Hello ! Konnichiwa I'm from France nice to meet you ^^
・I'm from Brooklyn, NY. Keep up the work! You'll learn English in no time.
Konbanwa!;D Have you ever been to Brazil?
Watashi wa Vimal to mo shimasu... Watashi Indojin desu... Nihongo wa daitei wakamasu.
Hello, I'm Taiwanese~ Yoroshikune~

おはよございます!ロンドンからきました ^^ Nice to meet you!

フランス、ニューヨーク、ブラジル、インド、台湾、ロンドンetc...
FBすごい(◎o◎*)
世界中の人とこんなに簡単につながれるなんて。アンビリーバボー!
しかも完全無料。おカネがかからず楽しみながら英語を学べちゃう。
ただ、中には詐欺まがいの人もいるようなので、それだけは注意すべし。

 英語をマスターしたからってお給料が上がるわけでもないのだけど、自分の人生においてもプラスになることだし、将来への投資になる。アラフォーにして今さらながらちょっと頑張ってみようかなとか今は思ってる。一時的なブームに終わらないようにしたい(´3`)


| いくら | なにげない日常 | comments(1) | - | 15:01
田舎で野菜収穫とプロジェクト再開
週末は実家の畑の野菜収穫祭でした。





普段コンクリートに囲まれた都会で暮らしていると
田舎のこの自然と空気がとてもなごむ。


じゃがいもはポテトフライに
ナスはカレーに



 今年1月のエントリー(こちら)で「実家の住宅ローン借り換えプロジェクト」っていう記事を書いた。今年の抱負でもあったこのプロジェクト、すっかり頓挫してました。
今年ももう半分が終わってしまいます。金利も上がり始めてしまってます。

やらねば。

銀行に申込書を請求してその申込書を直接親に送ったまでは実行したのだけど、親がめんどくさがってそのまま放置。。。orz
私は私で「親が自発的に動いてくれないんじゃこれ以上フォローできん!」
とちょっとクールダウンしていた。

でも野菜収穫祭りで久しぶりに実家にいくことになったので、これを機会になんとか進めることにしました。
半年ぶりに封筒を開いて書類を広げて確認。
ってかこの書類は今でも有効なのかしら。
ちゅうことで銀行に電話して確認。OKらしい。

とにかく膨大な書類を書いたり用意したりしなくてはならない。
自営業と言うこともあって、確定申告や納税証明なども過去三年分。
家を建てた当時の建築契約書や図面なども一通り必要。
通帳のコピー、現在のローン残高証明、住民票・・・

気が遠くなるのであります。
同時に、とっても勉強にもなる。
文系の大学をでたけど、昔から数字は好き。
金利たった1%の違いで百万単位で返済総額が変わることが興味深い。
なんとか有利にもっていきたい。
腕の見せ所なのです。



| いくら | なにげない日常 | comments(2) | - | 12:54
行列のできる耳鼻科へ行ったらすごかった
 風邪をひいて鼻が詰まって不快感で無理にかんでいたら耳がおかしくなってしまいました。
風邪はよくなったものの、耳はおかしいまま。これはいかんと耳鼻科へ行くことにしました。

今まで耳鼻科というものにかかったことがなく、どこの病院にいこうかなととりあえずネットで検索。地元駅近くでいくつかヒットしました。

そしてふと思い出した。
以前、オット君と地元駅近くの商店街をてくてく歩いていた時のこと。なにやら朝からすごい行列ができていた。
「なになに?なにかおいしいお店?」
列の先頭を見てみると、そこは「耳鼻科」。
「なんと!行列のできる耳鼻科!?」

よし、行くあてもないし、その行列のできる耳鼻科に行ってみよう。
ネットで調べてみると正式には”耳鼻咽頭アレルギー科”の病院らしい。土曜日も午前11時までやっているようなので10時ごろに行ってみた。
ついてみると行列はしていなかったのでちょっとほっとした。ドアをくぐり受付に申し出る。
「すいませーん、初めてなんですが」
受付の女性は名前を書くボードを提示してこう答えた
「順番待ちになってしまうんですが、今日はこれだけお待ちいただいているんで、夕方くらいになってしまうけどいいですか?」
な、なんとΣ(・・ノ)ノ
ボードを見るとすでに64人の名前が書かれていて私は65番目の受付だった。
急いでいるわけでもないので夕方でもいいかと名前を書いた。病院で待つ必要はなくて、予約システムみたいなものがあって、電話すると今何番目が受信しているかがわかる仕組み。いったん病院を後にした。

買い物したり犬の散歩に行ったりして過ごし夕方19時ごろになって順番を確認したところ、
「ただいま50番目を診察しています」
19時でまだ50番っΣ(・・ノ)ノ
今日中に順番はまわってくるのかね。っていうか、病院何時まであいているんだろ??
なんだか今日はもう無理な気がして取り合えず夕食を食べちゃうことにしました。
行かなければ自動キャンセル扱いになる。
夕食を食べ終わって8時半ごろ、念のためもう一度電話をかけてみたら・・・
「ただいま61番目を診察しています」
まだ診察してるっΣ(・・ノ)ノ
つうか65番もうすぐじゃん。
「行ってくるわ〜」
小走りで病院に向かった。

病院に着いたのは夜9時前。入口は半分シャッターが下りていたが受付に人はいてそっと入って受付券を出したら、待合室で待てとのこと。待合室には2人ほどいた。
そこから待つこと1時間。。。根気勝負になってきた。ここまで来たからんは何が何でも診察してもらおう。
夜10時、診察まで次の次くらいになったところで診察室内の椅子に移動した。衝立の向こうからは初老の先生の声がはっきりと聞こえてきた。
なんとも温かみのある、穏やかで、それでいてなんとも説得力のある声、内容。
「私はこの道もう40年だから、鼻の中の色をみるだけでわかるんだよね」
「うん、これはハウスダストだね」
「出身はどこ?東京にはどれくらい住んでいるの?親御さんにアレルギーの人はいたりする?そういうのでわかることもあるんだよ」
「0月と0月だけだとXXが原因じゃないね。0月と0月と0月に発症するなら○○なのだけどね」
「アレルギーの薬は高いんだけどね、申し訳ないけどね。5日分出すね」

これらトークを聞いているだけでこの先生がただものじゃないことが伝わってきた。顔を見るのが楽しみになってきた。いったいどんな先生なのだろう。
そして名前が呼ばれた。
衝立の向こう側にいた先生は、おでこにライトをつけ眼鏡をかけた60代半ばかとおぼしき初老の男性だった。一目見て、まさにプロという感じ。
オーラというか雰囲気というか
「この先生ならなんでも信じられる。任せられる」
とにかく、懐深い。穏やかで温かい。患者の話をじっくりしっかり聞いてくれる。
「こんな遅くまでまたせて申し訳なかったね」
時間は夜10時。先生のほうこそもうへとへとだろうに、そんなそぶりはちっとも見えないうえに患者を気遣う。

私は、感動した。

同時に申し訳ないとも思った。

結局私の症状は大したことなかったのだ。単に鼻のかみすぎによる一時的なもの。それなのにこんな大先生に20分もかけてみてもらうことになった。私がちょっと音の聞き分けをうまく聞き取れなかったばかりに心配して聴力検査までしてくれたのだ。こんな症状の軽い私にも先生は全力投球の診察をしてくれた。

診察を終えたのは夜10時半。私の後にはさらに2人の患者さんがいた。土曜日で午前中のみ受け付けなのに、すべての患者さんをしっかり診て、23時まで対応しているってすごいよね。
待合室で会計を待つ間、壁に掲げられた新聞記事が目に入った。この病院には日本全国から患者さんが飛んでくるとか。だから、行列ができていたのか。
今なら納得である。


花粉症などでお困りのアナタ、この病院おすすめです。
公の場で病院の詳細は伝えたくないので(これ以上患者がおしかけてしまったら先生に負担がかかってしまうので・・・)知りたい方には内密でお伝えします。



| いくら | なにげない日常 | comments(0) | - | 21:46
産期のがしのがし
2010年、 結婚したその年にぽぽんと妊娠するもぽぽんと流産してしまい早2年と半年が過ぎました。
今年、36歳。「高齢出産」と言われてしまうお年頃に達し、未だに子供をもうけていない私は少子化に一役かっている状態です。
別に「産まない」という確固たる意志があるわけでもないのですが、積極的に産もうという意識も働かないのは単純に毎日が忙しすぎてそういうことをじっくり考える時間がないからだったりする。
で、なんでそんなに忙しいのかと言えばその8-9割方は ”仕事” であって、なんでそんなに仕事にずっぽりなのかと言えば「明るい未来が見えない不透明な社会だから」であって(+ライフラークである旅をするためもある)、年金なんぞまともにもらえそうにないダークな老後像に危機感を抱きつつとりあえず今を必死で走っている、そんな感じでございます。
そして幸か不幸か最初から自分の”天職・適職”に就けたこともあり、自分の能力で勝負できる仕事環境も忙しいながらも気にいっていたりして、長時間労働に見合わないお給料ながらも満足度は低くはなく、この職種であれば仕方がないという諦めもあったりして、気がつけば入社13年という月日が流れているのであります。
産む意識が働かない理由には職場の影響も少なからずはある。生活のうちでもっとも多く過ごす場所である職場に子持ちの女性社員が皆無なのだ。そもそも独身女性が多い。結婚した女性はことごとく辞めていく。職場に子持ちで働いている女性の例がないため子供を持つイメージがわかないし焦ることもない。

でもたぶんそろそろ焦ったほうがいいころあいではあると思う。
産むのであれば、の話だけど。
残念ながら女性には産むタイムリミットってものがある。
それにもし37歳で産んだら、子供が成人する時私は57歳、オット君は60歳。
うひょーである。
小さな子供を見ればかわいいなーとか思うし、子供を産み育てるっていうのはそうとう大変なんだろうけれど1度しかない人生だしチャレンジしてみたいとも思う。
大好きな旅ができなくなるなという懸念もあるけれど、実は旅に出たくなるのは忙しすぎる仕事の反動でもあったりするので、もし産んだことで仕事をペースダウンすれば旅熱もちょっとクールダウンするのではという算段もある。
同時に「もしできなくてもそれはそれでいいかも」という思いもある。仕事もライフワークも充実していてやりたいこともいろいろあって現状でも生活は充実しているからだ。


■子供を産んでも仕事は続けたいが
子供を産んでも仕事は自ら辞めることはせず可能な限り続けたい考え。産休・育休を活用して計画的に復帰したい。
法的にはまったく問題のないこの希望だけど、必ずしもかなわないのが現実のよう。実際そういう社員がいないのだ。希望したけど叶わなかったのか、希望する前に無理と判断し自ら諦めたのか、それは解からないけれどハードルが高いことは事実である。
でも少なくとも「希望する前に無理と判断し自ら諦める」ことはしたくない。まずは実行してみる。できるかどうか、やってみなくちゃ分からないもの。やってみて無理だったら、変に会社にしがみつかずプランBに移ればいい。転職するとか、フリーランスになるとか、起業するとか、パートかアルバイトに出る(これはできれば避けたいけど最終手段)とか。



そんなライフプランニングをとりとめなく考えた平日のランチタイム

| いくら | なにげない日常 | comments(2) | - | 12:52
見えない風景
__.JPG
目の前にあって
見ているはずなのに
全然見えていない


| いくら | なにげない日常 | comments(3) | - | 23:42
いつか
__.JPG
いつか見た
なにげない景色が
貴重な瞬間だったと気がつくのは
ずっと後


| いくら | なにげない日常 | comments(1) | - | 23:37
人生初のインフルエンザ雑記
 インフルエンザなんて他人事だと思っていました。
この世に生を受けて35年、一度もかかったことがなかったのだもの。
だから、なんで毎年そんなに騒がれるのかよく分かっていなかった。

週明け21日月曜日はやけに乾燥していた。
オフィスの湿度計は計測不能なほど低く、肌はカサカサ。夜にはのども痛くなった。

22日火曜日、朝起きたらのどの痛みがひどくて、マスクをして出勤。
「私も風邪ひいちゃったみたいですー」
部署のリーダーは先週金曜日から週末にかけて風邪で休んだので、それに追随する形での風邪だった。
夜になって、体がほてりなんだか体調が悪化しているのを自覚。それでもいつも通り普通に遅くまで働いた。帰宅して熱を測ったら37.7だった。まぁちょっと高いね。
”明日AM歯医者予約しているけど、場合によっては内科だな”

23日水曜日、朝起きたらあきらかに体調が悪い。でも熱は少し下がって37.3だった。
”会社に行けなくはない感じだけど、やっぱ歯医者は延期して内科で見てもらってから出社しよう”
すぐ近所の小さな診療所へ。整形外科・内科・皮膚科・小児科を一人の医師が担当しているという病院でいつも混んでいる。忙しいせいか、熱はその場で測らず自己申告だ。
医者「熱はないからインフルエンザじゃないと思うけどね。検査する?」
”検査しなくてもわかりきってるぜ”と言わんばかりのものいいだったけど、普通の風邪じゃないとうっすら自覚していたので「はい」と答えた。
結果は、黒。インフルエンザA型だった。
「5日間は自宅で安静にして」
びくりした。5日間も会社休めってこと?
この瞬間にインフルエンザが騒がれる意味を本当に理解した。

すぐに会社に連絡。それから旦那さんにも。
インフルエンザに関するまともな知識を持っていないのでネットで調べる。
処方された薬「タミフル」は”異常行動を起こす”というニュースで覚えがあったので、これが噂の・・・となんだか新鮮だった。
インフルエンザにかかると38〜40度もの高熱がでるのが普通らしい。そんなに熱が出ない私はちょっとおかしいのか、丈夫なせいか。そのせいであやうく誤審されるところだった。

5日間も休んだら支障がでるので、会社の同僚に頼んでクライアントのネットワークに入れるカードキーと進行中の仕事の原稿をバイク便で送ってもらった。これで自宅でも最低限の対応はできる。絶対今日中に提出しなくては案件がひとつあり、それだけはなんとしても済ませたかった。

旦那さまが心配して帰宅してくれた。うつっていたら心配なのでと念のため病院へ。

夕方になって熱が38度を超えた。やっとインフルエンザらしくなったというか、体のほてりと頭痛とと、こんな体調の悪い自分は数年ぶりでなんとも新鮮だ。一番ひどかったのは関節痛と筋肉痛。膝と、股関節と、肩と首と。これはウィルスと免疫力が戦ってる証拠なんだとか。ありがたいけどもっと穏やかに戦ってくれ。

ずっと横になっていると逆に体調が悪くなる感じがしたのでなるべく動いた。
それから仕事も。今日中の案件を無事提出してほっとした。顧客から私宛の問い合わせも来ていて、カードキーのおかげでこれも調べて対応できた。アクセスできるサーバーに過去のデータがPDFですべてアップしてあるのだ。新規案件の見積もりも作った。知り合いに頼まれているサイト作りも進めた。
横になっているより仕事をしているほうが体調がいい気がする。まさにワーカホリック。

体調が悪い時は、できるだけ元気に振舞う。
”病は気から”を信じている。
今回は明らかにウィルスによる病なんだけどさ、気の持ちようで回復力も違うと思うのだよね。
そのおかげかタミフルが効いたのか、翌日には熱は平熱になり関節痛も消え失せた。



| いくら | なにげない日常 | comments(3) | - | 13:32
実家と親孝行
年が明けて長い休みが終わり、いつものあわただしい日常が始まりました。会社の自分のデスクに着くと頭がクリアになっていろんなことを処理する気力がパワーアップするから不思議。そのせいか否か、昨日ふと思いついたことがありぽちぽちと情報を集め始めました。
それを「実家の住宅ローン借り換えプロジェクト」と名付けよう。
(仕事のハナシじゃないのかい
実家の住宅ローンを支払っているのは母であって私ではないのだけど、口出しすべき立ち位置にはいる。母と私の2人で実家を新築したのは11年ほど前。その記録はサイトikuranetにも少し残している。→「いくらはじめての家づくり

住宅ローンは今はなき旧住宅金融公庫で借り入れました。返済プランは当初10年は金利が抑えられているが(2.6%)11年目から4.0%になってしまうというもの。そして去年だか今年だかがその11年目にあたる。それを思い出したので今回の借り換えプロジェクトを考えるに至りました。

周知のように今銀行は熾烈な住宅ローン金利値下げ争いの渦中にある。変動金利であれば1%以下というところもある。その筆頭ともなるのが10年前にはなかった「ネット銀行勢力」だろう。ソニー銀行、住信SBIネット銀行、新生銀行 etc。
金利引き下げはもとより、繰り上げ返済手数料無料、諸費用の低価格化、各種保険(団体信用保険等)の無料化などなど、借り換えによる恩恵は推し量って余りある。
「うーん、調べれば調べるほど、今借り換えしない手はない」
簡単シュミレーションでは、金利が今より1%以上下がり固定金利前提で返済総額が300万円は安くなるという結果。
住宅ローンは分母が大きいため金利たったの1%で大きく幅が振れる。
よく「返済額は毎月8万円〜!家賃より安い!」なんてフレーズのチラシを目にするけど、大事なのはそれだけじゃなくて、例えば2000万円を金利3%、30年ローンで借りたら返済総額は3000万円にもなって、つまり1000万円もの巨額利子を払うことになる事実を理解することだと思う。これが金利2%なら返済総額は約350万円下がる。

今はどこの銀行のサイトでも簡単にシュミレーション比較計算ができるのでどんどん活用しよう。

母親はこういったお金の計算関係は大の苦手で毎年確定申告時期にはじんましんが出るほど。それにインターネットも使いこなせない。ということで私が代わりに動くしかない。
「親孝行」といえば聞こえはいいが、これは将来の自分のためでもあったりする。
今年の抱負にこのプロジェクトを追加です


| いくら | なにげない日常 | comments(2) | - | 12:31
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